長期不況への突入とともに、融資先企業への不良債権を抱え込むはめになり、その尻ぬぐいの債務保証が雪ダルマ式に増大していったのです。
743億円の隠し債務保証は、ワンマン社長の駒形斉が銀行経営を私物化し、利益追求のためにつぎつぎと作った関連会社への焦げつきにかかわるものばかりです。
大光相銀から融資した資金で土地を買いあさり、経営がゆきづまると債務保証で追加融資を引き出すという乱脈経営の結果でした。
長期不況への突入とともに、融資先企業への不良債権を抱え込むはめになり、その尻ぬぐいの債務保証が雪ダルマ式に増大していったのです。
743億円の隠し債務保証は、ワンマン社長の駒形斉が銀行経営を私物化し、利益追求のためにつぎつぎと作った関連会社への焦げつきにかかわるものばかりです。
大光相銀から融資した資金で土地を買いあさり、経営がゆきづまると債務保証で追加融資を引き出すという乱脈経営の結果でした。
普通、相互銀行の場合、資金量にたいする債務保証の割合を示す保証率は10パーセント程度ですが、大光相銀の場合これが73年頃から上昇しはじめ、74年3月期には53パーセントという異常な比率になりました。
そのため大蔵省から注意をうけ、その後次第に低下を示し、78年9月期には29パーセントにまで下がったが、それは実際の経営内容が改善されての結果ではなく、過大な債務保証を簿外に落とすという操作によって人為的に作り出されたものだったのです。
かねてから田中角栄との深い関係がとりざたされていた大光相銀は、72年に列島改造計画を目玉にする田中内閣が成立した前後から、積極拡大路線を進め、とくに不動産、建設、レジャー関係に次次と融資を拡げていきました。